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岡山地方裁判所 昭和60年(行ウ)1号 判決

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が、昭和五九年一一月二八日、原告に対してなした岡山市中央卸売市場青果部仲卸業務の許可を取り消した処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和五八年二月一四日、卸売市場法(以下「法」という。)三三条及び岡山市中央卸売市場業務条例(昭和四六年市条例一三一号。以下「条例」という。)二四条に基づき、岡山市が開設した岡山市中央卸売市場(以下「中央市場」という。)における青果部仲卸業務の許可を受けて、青果物の仲卸業務を行なっていた。

2  被告は、原告に対し、昭和五九年一一月二八日、原告は、中央市場青果部仲卸業務の許可申請(以下「本件申請」という。)をなすにあたり、常勤役員である代表取締役らが実質上全く出資をしていないのにあたかも相当割合の株式を保有しているかのような形式上の株主名簿を添付提出し、開設者をして誤認させて許可を受けたものであり、条例八五条一項二号に該当するとして、同条に基づき中央市場青果部仲卸業務の許可を取り消す旨の処分(以下「本件処分」という。)を行なった。

3  原告は、昭和五九年一二月二〇日、被告に対して不服を申し立て、本件処分の取り消しを求めたが、被告は、昭和六〇年一月一四日、右不服申立を棄却する旨の決定を行なった。

4  しかし、本件処分には、四2及び五に後述するとおり、事実誤認若しくは裁量権の逸脱等の違法があり、取り消されるべきである。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3の各事実は認める。

2  同4は争う。

三  被告の主張

1  原告は、昭和五八年二月一二日、被告に対し本件申請をなすにあたり、別紙記載の株主の記載のある株主名簿を添付してこれを行なった。

2  しかしながら、常勤役員である代表取締役松島淳二をはじめ右株主名簿に株主として記載された者は全く出資しておらず、実際の株主ではなかったから、右株主名簿は正当な株主を記載したものではなかった。

3  よって、被告は、条例八五条1項(2)号に該当するとして、同条に基づいて、原告に対して本件処分を行なったものである。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1は認める。

2  同2は否認する。原告は、原告の設立発起人や株式申込人らが訴外津山中央青果株式会社(以下「訴外会社」という。)から株式払込金の融資を受けて設立した会社であり、原告は、本件申請をなすにあたって、法律上正当な株主を表示した原告本店備え付けの株主名簿を提出したものである。

五  原告の反論

1  仮に、原告が虚偽の株主名簿を提出したと解せられるとしても、以下の理由から、本件処分は裁量権の範囲を逸脱した違法な処分である。

(一) 中央市場青果部仲卸業務の許可基準(以下「許可基準」という。)につき、常勤役員の株式保有を要求する根拠規定は法にも条例にも存在せず、わずかに被告が仲卸業者に関する指導項目(以下「指導項目」という。)として「常勤役員は資本の二分の一以上の出資をすること」を定めているにすぎないから、この違反をもって不許可処分を行うことは、法令の根拠を欠き違法である。したがって、不許可要件に該当しない事由につき虚偽の報告を添付して本件申請を行なったからといって、これを根拠に本件許可処分を取り消すことは、行政上の比例原則に反する。

(二) 被告の原告に対する中央市場青果部仲卸業務の許可処分(以下「本件許可処分」という。)は、原告ら元国体町にあった地方卸売市場に入居していた仲卸業者を新市場に統合するためになされたものであり、新規に入居業者を募集し、審査のうえ許可した場合とは異なる。即ち、国体町の仲卸市場に入居していた原告ら業者は、当然新たに開設される中央市場に入居しなくてはならないことが許可申請前に決まっていたものであり、被告や市場関係者は、原告の経営実態等も熟知していた。したがって、原告の提出した株主名簿の記載内容いかんによって、許可、不許可処分が決定されるものではなかった。また、原告も、株主名簿につき故意に虚偽の事実を記載する必要はなかった。

(三) 〈1〉指導項目は、「仲卸業者については、大量集中取引の実現と安定的な価格形成を推進するため統合による大型化と個人企業の法人化に努め」るべきことを求める農林水産事務次官通達(昭和五六年二月一〇日五六食流第三四四号。以下「通達」という。)に反するものであり、現実にも卸売市場の前近代的、閉鎖的、個人経営的現状を温存する弊害を有すること、〈2〉原告が提出した株主名簿によっても、当時の常勤役員である松島淳二、松島隆子の二名で一〇〇〇株中四〇〇株を有していたにとどまり、常勤役員は資本の二分の一以上を有していたわけではないのに、被告は原告の申請を許可していること、〈3〉同様に中央市場の卸売業者である訴外株式会社岡山丸果の常勤役員の持株合計は、発行済株式一五万株中二万九六四〇株で、全体の約二割弱にすぎず、残余は全て一般の持株であること、などに鑑みると、虚偽の株主名簿の提出を重大な違反であると評価することはできない。

(四) 原告は、中央市場入居後、その役員、資本構成の故に仲卸業務自体に不都合を生ぜしめたことはない。また、本件処分のなされた当時、すでに被告の指導方針に従った役員、資本構成に改めていた。

(五) 市場開設者である被告は、条例上各種の監督権限を有しており、市場において仲卸業者が具体的問題を起こした場合は、これら監督権を行使すれば足りる状況にある。

2  本件処分は、中央市場において仲卸業務を許可された者により構成される岡山市中央卸売青果協同組合(以下「組合」という。)等が、原告の元代表取締役松島淳二の代表取締役辞任に伴い、津山市に本店を置く訴外会社の実質支配の下に原告が運営され、これによって、岡山市に本拠を持つ同組合員らの市場が侵されることを危惧して、よそ者を排除するために岡山市に圧力をかけた結果なされたものであるから不公正、違法な目的を有するものである。

六  原告の反論に対する認否

1  原告の反論1の冒頭は争う。

(一) 同1(一)は争う。当該指導項目を定める以外に、許可基準について直接常勤役員の株式保有を要求する規定が存在しないことは認めるが、条例施行規則二〇条は、許可申請にあたり株主名簿を提出すべきことを要求している。

(二) 同1(二)は否認する。中央市場の仲卸業務は、市場のせり売り等に参加して価額を決定する機能、いわゆる評価機能において自然人の知識、経験に負うところが非常に大きい。中央市場価額は出荷者、消費者に対し重要な影響を持つものであり、仲卸業者の社会的責任も重大である。法人仲卸業者といえどもその代表者を含む常勤役員は、その法人を名実ともに支配すると同時に、その日常の営業活動について全責任を負うことができる状態でなくてはならない。したがって、被告は、中央市場の開設に当たって、仲卸業者の資格要件及び指導事項を定め、常勤役員は資本の二分の一以上の出資をすることを指導、選考の基準となしてきたものであるから、原告の実際の株主を知っていたら本件許可処分を行わなかった。原告は被告の右指導、選考の方針を熟知していたにもかかわらず、その申請に当たって、真実出資していない者を株主とした株主名簿を提出したのであるから、その違法性は重大である。

(三) 同1(三)につき、〈1〉については、当該通達の存在は認め、その余は争う。常勤役員の株式保有を要求することには、右(二)で述べたとおり合理性がある。〈2〉、〈3〉は認める。その余は争う。

(四) 同1(四)につき、資本構成及び役員を改めた旨の届け出がなされたことは認め、その余は知らない。

(五) 同1(五)は争う。

2  原告の反論2は否認する。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一  請求原因1ないし3及び被告の主張1については、当事者間に争いがない。

二  被告の主張2について

〈証拠〉によれば、常勤役員である松島淳二をはじめ本件申請にあたり原告が提出した株主名簿に株主として記載された者は、いずれも実際の株主ではなく、右株主名簿は正当な株主を記載したものではなく、真実の株主は訴外会社又は守屋要ら訴外会社の役員及びその関係者であったことが認められる。

この点につき原告は、〈証拠〉の合意書(以下「合意書」という。)は、訴外会社が、松島らに対して原告会社の株式払込金を全額融資したことから、この債権を保全するために作成したものにすぎず、松島らが実際にも株主である等と主張し、証人守屋要もこれに副った証言をするが、右証言は、前掲各証拠に照らしてにわかに措信することができない。また、右認定に反する〈証拠〉は採用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

三  原告の反論1(一)について

原告は、許可基準につき、常勤役員の株式保有を要求する法令上の根拠の不存在を指摘するので、まず判断の前提として、中央市場青果部仲卸業務の許可(以下「業務許可」という。)がいかなる範囲において法に覊束されるかを検討する。

一般に、行政処分に関し、行政庁がいかなる範囲において法に覊束されるかは、当該行政処分自体の性質と当該行政処分の根拠となる法規の規定の仕方等とを合わせ考慮して判断しなくてはならないところ、〈証拠〉によると、業務許可については、〈1〉条例は、その二四条において業務の「許可」の名称を用いているものの、その八一条以下において使用料の規定を置き、行政財産たる市場施設の使用を当然その前提としており、右業務の許可は、一面において行政財産の使用許可としての性質、即ち、私人に対する権利の制限でなく、権利の付与としての性質を有すること、〈2〉同二四条1項は「仲卸しの業務を行おうとする者は、市長の許可を受けなければならない。」と規定し、同4項は「市長は、第1項の許可の申請が次の各号の一に該当するときは、同項の許可をしてはならない。」と規定して、許可が許されない事由(以下「除外事由」という。)を列挙していること、そして、同(4)号は、「申請者が仲卸の業務を的確に遂行することができる知識及び経験又は資力信用を有しない者であるとき。」として、許可の可否につき申請者の知識、資力、信用を考慮すべきことを要求しているが、その具体的な内容については、なんら規定していないこと、〈3〉同(4)号を除くその他の除外事由は、いわば例外的な消極的要件を定めたものであり、条例中には、業務許可申請を行なった者のうち、どのような基準で、どのような者に許可を与えるべきかについては何ら規定を設けていないこと、〈4〉業務許可の性質及び除外事由の内容から判断すると、除外事由に該当しない限り業務許可申請を行なった者に対し全て業務許可を与えなくてはならない趣旨であるとは考えられないことが認められ、これらに鑑みると、どのような具体的基準をもって仲卸業者を選考するかについては、条例の目的実現の観点からの合目的的な自由な裁量が被告に許されていると解すべきである。

したがって、被告が、仲卸業者に対する業務許可の適否を判断するにつき、常勤役員の保有株式を要件としたとしても、特に法令上の具体的根拠がないことをもって直ちに違法であるとすることはできない。よって、原告の反論1(一)は、その前提を欠くというべきである。

四  原告の反論1(二)について

〈証拠〉によれば、原告は、昭和五七年以降、当時岡山市国体町にあった地方卸売市場(岡山地方卸売市場。以下「国体町市場」という。)において、青果物の仲卸業務を行なっていたこと、被告は、国体町市場と当時の中央卸売市場(当時、岡山市青江に所在。)の各入居業者を統合して、新たに岡山市市場一丁目に開設する中央市場に入居させ、国体町市場は閉鎖することを計画しており、したがって、国体町市場入居業者は、原則として新たな中央市場への入居が予定されていたことが認められる。

しかし他方において、〈証拠〉によれば、国体町市場入居業者は中央市場の仲卸業者ではなかったので、中央市場入居に際し審査が必要であったこと、その審査にあたり、被告は、選考審議会を設けるとともに、法人の常勤役員のうち代表者を含む過半数の者が許可を受けた品目の販売業務について、五年以上の経験があり、現在その業務を行っていること、常勤役員は、資本金の二分の一以上の出資をすることなどの要件を含む指導項目を定め、これを選考要件としていたこと、国体町市場入居業者の内でも、中央市場への入居が不適当であると判断されて入居しなかった者がいることが認められるのであるから、前記事実をもって直ちに、原告の株主名簿の記載内容いかんにかかわらず、本件許可処分が行われたと認めることはできない(むしろ、合意書の記載内容に鑑みると、当時の原告代表者及び訴外会社の代表者などの合意書作成に関与した者ら自身、真正な内容の株主名簿を提出した場合には本件許可処分が下りないおそれがあることを危惧して合意書を作成したこと、したがって、故意に株主名簿に虚偽の事実を記載したことが推測できるというべきである。)。

したがって、被告の主張に対する反論1(二)は認めることができない。

五  原告の反論1(三)ないし(五)について

どのような基準をもって業務許可を行うかについて、被告に自由な裁量が認められることは前述したとおりであり、この点につき常勤役員が、資本金の二分の一以上の出資をすることを要件としたことが、社会通念上著しく妥当を欠くと認めることはできない。そして、原告の前記行為は、虚偽の株主名簿を提出することによって右要件を潜脱しようとするものであって、被告の右裁量判断を誤らせるものであるから、その責任は重大であるというべきである。原告の反論1(三)〈1〉につき、通達には、被告の右裁量を直接拘束する効力はないと解されること、同〈2〉につき、証人高國三郎の証言によれば、原告の提出した株主名簿によれば代表取締役である松島淳二の保有株式だけでは右要件を充たさないものの、その親族等の保有株式を加算すれば発行済み株式総数の過半数になり、実質的に指導項目の目的を達せられると判断したので、被告は、原告に対して本件許可処分を行なったことが認められることなども考慮すると、原告の反論1(三)ないし(五)の主張事実をもって、直ちに、被告の裁量権の逸脱を根拠づけることはできない。

六  原告の反論2について

〈証拠〉当事者間に争いがない事実によれば、以下の事実を認めることができる。

中央市場においては、仲卸業者によって構成される協同組合と卸売業者との契約により、協同組合構成員の購入した青果物の代金は、協同組合が取引日を含む七日目以内に一括代払いすることによって決済されていた(以下右制度を「代払い制度」という。)ところ、原告の代表取締役を辞任することになった松島淳二(以下「松島」という。)が、昭和五九年夏ころ、組合の代表理事であった石村武夫に対して、松島らは原告に対して一切出資をしていないこと、本件申請に添付して被告に提出された株主名簿は虚偽のものであること等を明らかにしたため、組合は、原告に対して、同年九月一四日をもって代払い制度の利用を拒否するに至り、原告は事実上中央市場において買受けをすることができなくなった。そのため、原告は、同年一〇月一日に、岡山地方裁判所に、卸売業者及び組合構成員を被告として、卸売を受けさせることや買受の妨害禁止等を求めて仮処分申請を行なった。一方、組合は、被告に対し、同月二二日に、本件申請の瑕疵を指摘して本件許可処分の審査のやり直しを求めた。被告は、これを受けて、原告に対して、同年一一月二八日に本件処分を行なった。

以上の事実が認められ、これらによれば、原告の実際の出資者が訴外会社であることにつき組合構成員が強い反発を感じていたこと、組合の要求が本件処分の端緒となっていたことが認められる。

しかし、組合若しくは組合構成員の主観的意図はともかく、本件処分の理由となった原告の行為の性質を考慮すると、右事実から、直ちに、被告自身が不公正、違法な目的をもって本件処分を行なったと推論することはできず、他に、これを認めるに足りる証拠はないから、原告の反論2は理由がない。

七  以上の次第で、被告の主張に対する原告の反論はいずれも採用することができない。

八  よって、原告の請求は理由がないからこれを棄却することにし、訴訟費用につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 梶本俊明 裁判官 三島イク夫 裁判官 登石郁朗)

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